一服いかがですか。 どうぞ、ごゆっくり・・・


by nakazawasoju

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存在

関東近県も寒い週末だった。

知人の北海道の雪降ろしの写真を見たら、

家がソフトクリームになっていて、

都内の積雪のニュースは

2センチの積もった雪をちりとりでよけて

通りを作っていた。

生活スタイルが違えば、自然との向き合い方も違うよう。

曇り空の合間から、お日様が薄い光を届けてくれていた。

気温の足しにはなっていないだろうが、

その存在を確認できただけで

暖かく感じてくる。

母が永眠した時、昭和30年代に日本で暮らしていた

アメリカの友人から、当時を懐かしむ文と共に弔電を頂いた。


隣の部屋のキャンドルが、私のこころを灯してくれたいた・・・

その暖かさが、実は私の支えだった。。。

という詩を引用して、母との思いでと哀悼を記してくれた。

そして、僕も彼女にはニューヨークでお世話になるが、

その彼女の優しさが、何かを照らしてくれていると

強く感じた。

直接的でなく、ふと、気が付き、そしてその存在の

大きさも知る。

ありがたいなあと。。。


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そう、文教大学学園のフリーマガジン きゃんばすα 新春 vol.22 
の巻頭を書かせて頂きました。

http://www.bunkyo.ac.jp/stf/chiiki/
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by nakazawasoju | 2012-01-23 12:06

寿ぎ

電磁波のものを全て脇に置いて

ありのままの姿で、東と客人と

炉を囲んで、茶を飲み交わしながら

胸の内を語らう。

どうも我々の脳の海馬には、目の前の人と

エネルギーのやりとりをすることより

いつも手に握りしめている、魔法の機械で

外と繋がることに安心を覚えてしまっているのだろうか・・・

昨日は、知人を招いての初釜を催した。

狭い空間で 何も知らないので。。。という素直な

気持ちで、ひとつずつ動作、会話を試みる姿、

それ自体が美しく感じる。

禅は、捨て去る修行、なりきる修行と

東慶寺でも教わってきた。

今の時代には、情報が氾濫する中で

いかに自分に不必要なモノを捨て去るか、

そして、いかに迷いなく求める自分像に

なりきるか・・・

そんな風に、とれるのかも。

たった数時間の人との暖かい交流が、

数日かけて準備をしてきたことを

ありがたい気持ちにさせてくれる。

ひとは、ひとによって傷つけられるけど、

ひとは、ひとによっていつも助けられている。。。

一服。

薬としての効能以上に

こころにゆとりの処方箋。

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by nakazawasoju | 2012-01-10 10:50